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エッセイ

「共喰い」の舞台となった北九州



 この「共喰い」という作品は、2012年に刊行され、第146回芥川賞を受賞した小説である。この小説の舞台は、昭和後期の下関。著者である、田中慎弥さんの出身地でもある。2013年には映画化もされ、主演の菅田将暉さんの体当たりな演技が話題を呼んだ。なぜ、この作品を今回取り上げようかと思ったのか。それは、映画化にあたり撮影場所がここ、北九州で行われたからである。
 「共喰い」は、”川辺“で暮らす父と息子とその女たちの、性と暴力を描いた作品である。主人公の父は性交の度に、女の顔を殴ったり、首を絞めたりといった悪癖の持ち主で、息子である自分自身も、一つ上の幼馴染の女を抱く度に父と同じようなことをするのではないかと恐怖を抱えつつも、父とは違うと自らに言い聞かせていた。しかし、その衝動は沸き上がっていき、戸惑いつつも、次第に抑えきれなくなって…。といった物語なのだが、今回私が注目したい点は作中に出てくる”川辺“と呼ばれる町並みについてだ。作中での”川辺“は「時間というものを、なんの工夫もなく一方的に受け止め、その時間と一緒に一歩ずつ進んできた結果、川辺はいつの間にか後退し、住人は、時間の流れと川の流れを完全に混同してしまっているのだった。」と記されている。この、住人たちの希望も明るい未来もないようなただ、受動的に生きているといった気怠さをまとった町並みが、映画の中で、忠実に再現されていた。私は北九州にもこんな昭和の風景を残した場所があったのだと衝撃を受けたのをおぼえている。私が、初めてこの作品を手にしたのは高校生。大学生になり、舞台となった北九州に住んでから、再びこの本を読み直してみた。想像でしかなかったあの町並みが、実際にあると思うと、胸が高鳴る。時代は違えど、登場人物たちの暮らす町と同じ場所に自分はいると思うと、少し主人公たちに近づけた気がした。
 映画の街とよばれる北九州には魅力的な風景がいっぱいある。皆さんも、お気に入りの小説の中の風景を、この北九州で探してみてはいかがだろうか。(薗田 安未)